映画にはひんぱんに息子や娘の住まいの状況が映し出している。東京郊外の、煙突が立ち並ぶ街で町医者を営む長男の家は、隣と軒を接するように建つ木造2階家だ。田舎から両親が上京してくるというので、その寝場所を確保するために、部屋にある子供の勉強机が真っ先に廊下に出している。自分の居場所を失った子供は「どこで勉強するんだ」と母親に抗議するが「勉強なんかどこでだってできるでしよ」と取り合ってもらえない。まず、家を建てるとき、子供部屋の確保を考える現在とは、子供が置かれている状況が大きく異なる。小さな美容院を営む娘夫婦の住まいは、借家とおぼしき木造2階家で、2階は住み込みの従業員が寝て、夫婦は美容室の土間の横の3畳ほどの部屋に寝ている。息子の未亡人が住むところは、共同住宅の1部屋だけの狭い空間で、茶わんを洗うのにも、部屋の外に出て共同の流し場まで行かねばならない。このような、なんとも狭い都会の居住空間のなかで、広島県尾道のゆったりとした暮らしのなかから上京した老夫婦は、せっかく息子や娘に会えたのに、身の置き所のないような気がねする日々を送らねばならない。住まいの状況が家族の紳におよぼす微妙な心のヒダが、観るものにしみ入るように伝わってくる映画だ。
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